ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが大好きです。

「Fefu and Her Friends 」

3月19日文学座アトリエで、マリア・アイリーン・フォルネス作「 Fefu and Her Friends 」を見た(翻訳/ドラマトゥルク:添田園子、演出:エリーズ・トロン)。

文学座アトリエの会公演。ネタバレあります注意!

8人の女、ある3月の一日。

旧友たちがフェフの家へとやってくる。

彼女たちは教育に芸術を取り入れようと資金集めを企画し、そのプレゼンテーションの練習をしている。

女たちは互いの存在を喜び合い、それぞれの内面に抱える不安、そして希望を吐露してゆく(チラシより)。

3部構成で、2部は立って観劇とのこと。アトリエに入ると、まず抽選で、第2部でどのグループに入るか決められる。中はいつもと全然違う造り。

入ってすぐが書斎らしい。奥に客席、手前が応接間でソファなどがあり、客席はリビングとのこと。

フェフが、シンディとクリスティーヌの相手をしている。彼女が夫との関係について奇妙なことばかり言うので、二人は困惑。しまいに猟銃で庭の男に向かって撃つのでクリスティーヌは腰を抜かすばかりに驚くが、彼女は「空砲じゃないかしら。弾は入ってるかどうかわからない」などと言う。飲み物を勧められたクリスティーヌはグラスに氷を入れ、それをつまんで舐める。それを見たフェフは「あら、手が濡れるじゃない、棒があるわ、氷に棒を刺してあげる」

そこに次々と友人たちが到着。ド派手な青い衣装のエマ、メガネをかけて快活な感じの女性、髪が短くて服装も男っぽいポーラ、車椅子のジュリアもいる。彼女が事故に合った時、そばにいたので、シンディは笑えない。その時のことをクリスティーヌか誰かに話す。誰かが鹿を撃ったら、鹿とジュリアが倒れた、鹿は死んだが、ジュリアは脳に損傷を受けて車椅子になった。その後、ジュリアはひどい妄想に始終悩まされている。最後に入って来たのがセシリア。かっちりした赤い上着に赤いブラウス、赤っぽいスカートで、最もフェミニンな恰好。

8人そろったところで、これからやることを相談する。

<2部>

私たち「馬グループ」は、まず寝室に案内され、次にキッチン、そして庭、最後に書斎へと移動して、目の前で演じられる芝居を鑑賞。

寝室:ジュリアがベッドで寝ている。突然目を覚ましてしゃべり始める。誰かに見張られ?詰問され?時々頬を叩かれているらしい。すべては彼女の妄想のようだ。メガネの女性がスープを持って来ると、彼女は普通に会話する。

キッチン:メガネの女性がスープを作っていて、小テーブルにポーラがいる。彼女はノートを見ながら話す。恋愛における時間経過について。一つの恋愛は7年半続き、その2年目?には後悔が始まるとか、その間に次の恋が始まることもある、とか。二人は冷凍庫の製氷皿の氷に一つずつ棒が刺してあるのを発見、これ何?!いろいろ想像して笑う。

メガネの女性がスープをジュリアに持って行くと、セシリアが入って来るが、ポーラが一人でいるので二人共当惑して立ちすくむ。二人は恋仲だったが、しばらく前にセシリアがポーラを振ったらしい。セシリアは「電話しようと思ったけど時間がなくて・・私も会えなくて寂しかった」と言うが。

<庭>

エマとフェフが庭仕事の恰好をして野菜などを運んで来る。エマが変なことを言い出す。会社なんかで男と女が仕事の話をしてる時、二人共、相手が性器なんか持ってないかのように話すの変だと思わない?などと。・・

<書斎>

シンディとクリスティーヌ。クリスティーヌはフランス語の本を読んで勉強しているようで、時々音読する。シンディが昨夜見た妙な夢の話をする。

<休憩>

全員そろい、何かの催し物でやるスピーチを何人かがやる。その後休憩してコーヒーを飲もうと皆がキッチンに行くと、突如照明が暗く青く変わり、まるで夢遊病のマクベス夫人が登場するかのような雰囲気の中、ジュリアが歩いて来る!シンディ?が一人だけ近くにいるが、気づかず、砂糖入れの蓋を開けて中を見、戻してキッチンに歩いて戻ってゆく。これはシンディが見た幻かと思ったが、その後、本人がジュリアに直接「あなた、歩けるのね。さっき歩いてるのを見たわ」と言うので現実だとわかった。そう言われたジュリアは少したじろぐ。やはり彼女は歩けるのか・・??。

ポーラが貧乏だった学生時代の辛さについて語る。みんなと違って休みに外国になんか行けなかった・・。先に帰るはずだったセシリアが戸口でそれを聴いている。涙ぐみつつ話し終えたポーラが、顔を洗って来る、とキッチンの方に行きかけると、セシリアが歩み寄り、彼女を抱き締めて口にキスする。それをみんなが見ている。ポーラがキッチンに去ると、セシリアは後を追う。どうやら二人は、この後よりが戻るらしい。

フェフが猟銃を手に庭に出る。皆がソファに座っていると銃声が聞こえるのでみんな飛び上がる。フェフが白いウサギをつかんで入って来る。舞台中央に客席を向いてジュリアが車椅子に座っており、額に手を当てると血がこびりついている。手のひらにもついている。それを見ると彼女は気絶(?)。みな、異変に気がついてジュリアのそばに近寄る。暗転。

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ジュリアは死んだのか??一体どうなってる??観客を置き去りにする芝居はままあるが、この作家がこの作品で何を言いたいのかさっぱりわかりません。客席の人々も、皆さん憮然とした表情でした。

翻訳は驚くほど直訳調。それはいいけど、タイトルが英語のままなのはいただけない。

役者では、フェフ役の高橋紀恵さんとポーラ役の小石川桃子さんが、やはりうまい。でも役者がよくても作品がこれでは観劇の楽しみというものがありません。

「コーカサスの白墨の輪」

3月12日 世田谷パブリックシアターで、ベルトルト・ブレヒト作「コーカサスの白墨の輪」を見た(上演台本・演出:瀬戸山美咲、音楽監督:坂井田裕紀)。

未来の戦争が終わった後、荒れ果てた大地に人々が戻ってくる。土地の所有をめぐって対立する人々に向けて、旅の一座の歌手(一路真輝)がかつて起きた戦争の物語を歌い始める。

復活祭の日、太守が倒されるクーデターが起きる。料理女・グルーシェ(木下晴香)は混乱のさなか、戦地へ赴く兵士・シモン(平間壮一)と結婚の約束をする。シモンと別れたグルーシェは、城から逃げ出す太守夫人・ナテラ( sara )が「こども」を置き去りにするのを目撃する。グルーシェは、友人の料理女・スリカ(加藤梨里香)の制止を振り切り、「こども」を連れて逃亡する。そして厳しい寒さの中、たどり着いた辺境の地で、グルーシェはシモンを待ちながら「こども」を育てていく決意をする。

一方、呑んだくれのアズダク(真島秀和)は、戦争の混乱の中、でたらめな経緯で裁判官に選ばれる。アズダクは賄賂を懐に入れ、イカサマまがいの判決を下していく。

やがて内乱が終わり、ナテラが「こども」を連れ戻しにやってきた。ナテラとグルーシェ、どちらが「こども」の母親か。アズダクによる裁判が始まる(チラシより)。

 その初日を見た。ネタバレあります注意!

開幕前、風が吹き荒れる音がずっと聞こえている。そこに激しい雨音が加わり、幕が開く。現れたのは、未来の生き物たち。彼らはアンドロイドで、人類との戦争を終えたところだというが、二派に別れて争っている。何でも石油プラントがどうの、土地泥棒だの(よくわからん)。一応何とか妥協点を見出し、昔の物語を演じることになる。有名な歌手を呼び、彼女が劇中劇の語り及び歌い手となって劇は進行する。

太守の邸。戦争に負け、反乱が起こる。太守夫人は持って行くドレスを召使いたちに指図するのに手間取り、「受精卵」の入った培養器を置いて逃げる。グルーシェはそれを見て、迷うが、置き去りにできず、抱えて逃げる。それは、時々通電しないといけないので、道中、電気を買わねばならない。培養器の中は時々光る。

一方アズダクは、道で弱った老人に会い、チーズをやるが、ふと彼の手を見ると、(労働者ではなく)相当身分が高いとわかる。実は老人は、逃亡中の太守だった。だがアズダクは、知り合いの警官が来たのに、何となく老人を引き渡さなかった。

グルーシェは、ホテルの前で貴婦人二人と出会い、自分も貴婦人のふりをする。彼女らと共にそのホテルに泊まろうとするが、ホテルの男は、今このホテルは兵隊の宿舎になっていて泊まれない、一つだけ部屋があり、そこなら何人でも泊まれるが、と言って法外な値段を吹っ掛ける。3人は仕方なくその部屋に入るが、ベッドメイクもしていない。貴婦人たちは「ベッドメイクってどうやるの?」グルーシェが「私がやります」と言ってやろうとすると、怪しまれ、「ちょっと待って。手を見せて」と言われ、「ひび割れてる!この人貴婦人のふりをしてたんだわ!」とばれてしまう。貴婦人たちはホテルマンに「警察を呼んで」と言うが、ホテルマンは笑って「今はもう警察はありません」と言うのだった。グルーシェは卵を抱いて出てゆく。

アズダクは、太守を逃がしてしまった罪で捕らえられている?民衆代表?の黒服の二人。誰を裁判官にするか、民衆に選んでもらうため、模擬裁判をすることになる。結局、アズダクがみんなに担がれて裁判官になる。

グルーシェは、兵士らが卵を追って来るので、一軒の農家の前に卵を捨てて、育ててもらおうとするが、そこにも兵士たちがやって来て捜索するので結局また卵を抱えて逃げる。橋まで来て渡ろうとすると、そこにいる人々に、危ないから渡れないよ、と止められるが、卵を抱えて渡る。「神を試すつもりかい!?」と言われながら。

<休憩>

グルーシェはようやく兄の家にたどり着く。兄嫁が「卵の父親は誰?」と問うので、兵隊で、今戦争に行ってる、戦争が終わったら帰って来る、と答える。兄はいい人のようだが、「いつまでもお前をここに置いておくわけにはいかないんだ」と言う。

半年後、受精卵は胎児になっているとグルーシェは言う(??)。兄は村の男との結婚話を持って来る。そいつとベッドを共にしなくていいんだ、もう死にかかっている。卵の父親になってもらえるし。兄は男の母親にお金を払っていたが、卵付きだとは聞いてない、と母親が言うと、200余計に払う(笑)。

結婚式。お客たちが来る。司祭(神父?)を呼び、みなが騒いでいると、ベッドに寝たきりだった新郎が、時々体を持ち上げ、ついには起き上がって歩き出す!皆驚いて帰る。新郎は母親に「風呂に入りたい」と言い、喜んだ母親はたらいを運んで来て背中を流そうとするが、男は「それはこいつの仕事だ」とグルーシェを見る。「背中を流せ」「あてが外れたな」と言われるが、グルーシェはこんな展開になっても強気で正直な受け答えをする。男は卵を見て「人工授精か。なら俺が最初の相手か・・」と、少しばかり当惑した様子。

一方裁判官となったアズダクはいい加減に裁判をしている。農家の男が息子の嫁と作男?を訴え、二人が関係した、と主張する。色っぽい嫁が状況を説明すると、アズダクは彼女の手を取り、「二人で現場検証だ」と出てゆく(笑)。

グルーシェが川岸にいると、向こう岸にシモンがやって来る。「戦争は終わった、今は軍の経理?係だ、家もある、一緒に行こう」と言うが、その時卵が何やら声のような音を発する。グルーシェ「私、行けない」それは法律上の夫がまだ生きているからだ。シモンはそれを聞くと、背を向けて、戦争中、仲間が次々に死んだことを語る。そして「子供ができたのか」とポツンと問う。グルーシェ「でも私の子じゃないの」

と、その時、兵隊たちが来てグルーシェに問う。「我々は太守の子の受精卵を探している。これがそうじゃないか?」グルーシェはシモンの顔を見て迷うが、仕方なく「これは私の子です」と言うが、兵隊たちに信じてもらえず、卵を取り上げられ、彼らを追いかける。シモンは何か変だと気がついたようで、彼女の後ろ姿を見ている。

アズダクは捕らえられ、絞首台に登らされるが、そこに太守の言葉が伝えられる。アズダクが以前太守を助けたので、死刑どころか、彼は再び裁判官に任命される。

太守夫人とグルーシェの裁判が始まる。アズダクはいつものように賄賂を要求。だがグルーシェは一文無し。太守夫人は子供を手に入れないと、太守の遺産を相続できないらしく、そのために必死だ。アズダクは二人に、卵を引っ張らせて、母親を決めようとするが・・・。

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時代を未来に設定し、枠構造になっている。子供を培養器の中の受精卵にするという奇抜な思いつき、そして卵が半年たつと依然として培養器の中にいるのに「胎児」になったと言われることなど、なかなか物語の展開について行けなかった。

この芝居を見るのは初めてだったので、いつか原作通りの台本の上演を見てみたい。

今回、音が終始大音量でうるさくて、9割くらい両耳を塞いでいた。しかも音楽が全然面白くなくて平板で退屈。歌も多いが、こんなつまらない歌を長々と歌わされる役者たちが可哀そうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

井上ひさし作「国語事件殺人辞典」

3月10日 紀伊國屋サザンシアターで、井上ひさし作「国語事件殺人辞典」を見た(演出:大河内直子)。

こまつ座公演。

井上ひさしが小沢昭一率いるしゃぼん玉座の旗揚げ公演に書き下ろした作品の由。

戦後の焼け野原から立ち上がり、高度経済成長を遂げたエネルギーと引き換えにして、言葉を信じ、言葉の海におぼれて、二人の珍冒険がこうして始まった・・。

ドン・キホーテを彷彿させる理想を追い求める狂人と、その想いを必死に受け取ろうとする人々の奇想天外な物語。もしかして、井上ひさし版ドン・キホーテ?・・(チラシより)。

44年ぶりの上演とのこと。ネタバレあります注意!

冒頭、戸外のベンチに人が横たわっていて、新聞がかけてある。そばに若い男がいて、茶色いトランクが置いてある。彼は横たわった人に向かって「先生」としきりに話しかける。そばを多くの人が通りかかり、皆不思議そうに彼らをじろじろ見るので、男は「行き倒れを見るような目で先生を見ないでください」と言い、「先生」がどういう人か説明する。終戦から37?年、国語辞典を作るべく6万語のカードを作ったと。そしてトランクの中から「行き倒れ」のカードを取り出し、「たいがいうつ伏せで・・」とあるから(仰向けの)先生は行き倒れではない、などと主張(笑)。先生は、彼が食べ物を買いに行っている間に亡くなったという。

先生は若い頃、兵隊にとられた時に、辞書で「死ぬ」を引くと「生きるの反対」とあり、「生きる」を引くと「死ぬの反対」と書いてあった。その時、先生は、生きて帰ったら国語辞典を作ろうと決心したのだった。

ここから時がさかのぼり、先生・花見万太郎(筧利夫)宅で彼・山田君(諏訪珠理)は先生と日本語について語り合う。先生は主張する。今の日本語には外来語が多過ぎる。しかも9割が英語だ。さらに、例えば「オンザロック」は英語では「ウイスキー・アンド・アイス」。なぜ外国人にも通じないような和製英語を作るのか・・。

そこに知り合いの出版社員が東大名誉教授を連れて来る。その人は高名な国語学者なので先生は感激するが、実は教授は若い女と再婚するため金が必要になり、先生が出版しようとしている辞典を自分の著作として出版しようとしていた。君のことは、序文で「花見万太郎氏の協力には特に感謝する」と一文を添えるから、と。出版社員も、無名の先生の名前では売れないから、その方がずっといい、教授の教え子が全国の中学高校にいるので、彼らに推薦すればどれだけ売れるか・・と先生を説得する。

だが先生はその話をきっぱり断る。だってこれまでの血と汗の結晶である6万語カードを人に渡すなどできるわけがない。すると教授は怒って帰り、出版社員は、これまで毎月先生に支払ってきた金を、今後は払わない、と言う。山田君は、実はこの出版社の社員で先生の担当だったらしいが、この時、くびを言い渡される前に自ら会社を辞めて先生についてゆく決心をする。

すると早速、借金取り立ての若い男がやって来る。彼と先生とのやり取りが可笑しい。他の借金取りも次々にやって来る。先生は、彼らの話す言葉にいちいち疑問を呈し、正しい日本語に訂正する(笑)。だが無い袖は振れぬ。ついに先生は家を売る決心をし、それで得た金で借金を全部返し、残りを今後の生活資金にするという。こうして彼は、今で言うところのホームレスとなった。山田君も例のトランクを持ってついてゆく。

その後二人は蕎麦屋に入ると、老人がカレーを運んで来る(その役者がさっき教授を演じた青山達三さんなので客席から笑いが起きる)。先生が、「全然」の後には否定詞が来るものだ、来なければいけない、と言うと、老人は「昔、『とても』という言葉は『とてもできない』『とても無理だ』のように否定的な言葉が続いたものだ。それが明治になって『とても美しい』という言い方が現れてみんなびっくりしたもんだが、だんだん時がたつうちに、それが普通になってきて、今じゃあ『とても美しい』と言っても誰も不思議に思わなくなった。言葉ってものは正しいとか正しくないとかいうものではなくて、そうやって変わっていくものじゃあありませんか」とぼそぼそと素朴な口調で疑問を呈する。先生はうなだれて「とても参考になります」(笑)と頭を下げるのだった。

その後も喫茶店などで出会った人から、先生の日本語に関する説が覆されてしまう。

ある日、猫を抱いた若い女がひとり言で美しい日本語を口にするのを聴き、先生は感動して彼女の後を追う。もちろん山田君も同行。すると「簡易日本語学院」という看板のかかった家に着く。応対に出て来た男は院長の夫だといい、先生を入学希望者だと思い、ペラペラと営業トークを並べる。その後院長が登場するが、彼女は何と先生の元妻だった!彼女の話す「簡易日本語」というのが実に可笑しくて笑える。

<休憩>

彼女の今の夫は6番目の夫で、美しい日本語を話していた若い女は3番目の夫との間の子・きぬよだった。きぬよは役者志望で、オーディションを受けるためにセリフの練習をしていただけで、実際はガサツで下品な言葉をしゃべる女だった。

一方今の夫(以下、A )は院長と結婚してはいるが、最初からきぬよがお目当てで、始終彼女を追い回している。

黒板に簡易日本語の規則が書いてあり、これからは国際化の時代であり、外国人に分かり易い日本語を話すべきだという。それはいいが、動詞は47個だけ、名詞は1841個だけにするという。その取捨選択の基準がどうもよくわからない二人。院長に問うと、動詞が47個なのは四十七士にちなんだ、名詞が1841個なのはデュマの「巌窟王」又の名を「モンテ・クリスト伯」の出版の年から取ったと言う。すると先生、「わかったぞ!私への復讐だったのか!」(笑)。

元妻は否定しない。彼女は、たった3か月だった先生との結婚生活にいい思い出はないらしい。「あの辛い90日間」とも言っている。

きぬよは50回?くらいもオーディションに落ち続けているという。この学院は今、在籍する生徒はおらず、家賃を払うのも大変だという。先生は、家を売った金で借金を返して残った四百万のうち、百万をこの学校兼住宅の家賃プラス運営資金にしてあげよう、とひとり言を言うが、それを A が盗み聞きしていた。彼は、きぬよのために審査員や芸能関係者に賄賂を渡そう、などとうまいことを言って、四百万全部持って行ってしまう。

一文無しになってしまった先生は、ショックで妙な病気にかかる。言語何とか症。言葉の語順や配列がめちゃくちゃになる奇病。しかも弟子である山田君まで感染してしまう。これ以降、役者も大変だったと思うが、聞く方も大変だった💦二人は黒板にセリフを書き、赤いチョークで順番を書いて読んで、相手のセリフを理解する。めんどくさいことこの上なし。

きぬよがド派手な恰好で現れ、黒板に「 A と駆け落ちして出て行く」と書き、歌いながら出てゆく。外で A が待っている。

ボロボロになった二人がベンチに座っている。先生は山田君に「私を見捨てて去れ」と言うが・・。二人は質屋に入るが、当然ながら6万枚のカードは質草にはならない。すると質屋は奇妙なことを言う。『いいえ』という言葉を質に入れることができると。つまり、返事として『はい』しか言えなくなる。でも人をずっと見張っているわけにはいかないでしょう?と尋ねると「それでも大事な返事をする時には、人はこの約束を思い出すものです、約束するのは人間だけ、人間だけが時間という観念があって、未来のことを約束するのです、質屋は言わば未来を売っているわけですな」と言うので、感嘆した先生は「哲学者だ」。こうして二人は十万円手に入れる。

その後、現れた二人は制服を着て掃除人のよう。そこに A が同様の恰好で現れるが、言葉遣いが変だ。「〇〇、段落、〇〇、段落」とか。一体何があったのか。この男、先生の400万を奪ってきぬよと駆け落ちしたはずだが・・?

と、そこに黒服の怪しい男たち登場。きぬよも現れる。ボスの愛人ぽい恰好。ボスが「殺せ」と命じると、一人が A を刺し、彼は倒れる。二人はあわてて逃げるが、男たちは追いかける・・。

また二人がベンチにいると女が現れ、「『いいえ』を買い取ります」と、また妙なことを言う。そして二人に一万円渡して去る・・・

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前半は、作者のいつもながらの言葉に対する好奇心と感受性の豊かさが伝わって来て楽しいが、後半がいけない。『いいえ』を質屋に買い取らせる悪の組織って一体?その正体は国家だと作者は言いたいらしいが、それがよく伝わらない。例の奇病もあんまり面白くないし、聴いているのもちと苦痛。しゃべる役者さんたちも気の毒。

蕎麦屋で老人が言う「とても」の使い方の変遷については、亡き母が同じことを言っていたことを懐かしく思い出した。

役者陣は皆さん熱演。特に主役の二人、筧利夫と諏訪珠理は、よくまあ舌がもつれないこと、こんなめんどくさい台本なのに、まったくノーミス!それには感心しました。

 

 

 

 

 

泉鏡花原作「黒百合」

2月17日、世田谷パブリックシアターで、泉鏡花原作「黒百合」を見た(脚本:藤本有紀、演出:杉原邦生)。

明治後期、越中・立山。県知事の令嬢・勇美子(土居志央梨)は屋敷に出入りする花売り娘・雪(岡本夏美)に、仙人か神しか見たことがないという幻の花「黒百合」を採ってくるよう命じる。黒百合は、足を踏み入れるだけで暴風雨が起こると恐れられる「魔所」の滝のそばに咲くとされていた。盲目の恋人・拓(白石隼也)の治療費を得るため、雪はその危険な依頼を受ける。

一方、浅草で孤児として育った滝太郎(木村達成)は、突然現れた男に華族の血を引くと告げられ、富山の子爵家・千破矢家へ迎えられ、侠気ある青年に成長するが、生まれつきの手癖の悪さは治らず、盗賊としての裏の顔を抱えていた。

ある日、県知事邸で、雪を目にした滝太郎は心を奪われ、彼女を狙う男たちを懲らしめるうち、自らも黒百合採りに挑む決意を固める。幼少期から滝太郎を知る盗人・お兼(村岡希美)から「お前の盗みはゴミを漁る犬のよう」と言われ、誰も成し得ないものを盗みたいという衝動が芽生えていたのだ。雪に献身的に尽くされる拓は甘えることを恐れ、敢えて彼女を突き放してしまう。彼もまた、胸の内に秘めた事情を抱えている。隣家の荒物屋の婆さん(白石加代子)は、そんな二人を優しく見守り続けていた。

滝太郎が「大盗賊」へと成長してゆく軌跡を縦軸に、滝太郎・雪・拓の三角関係、さらに有美子が手元で愛でるモウセンゴケ(食虫植物)の内に広がる、夢とも現実ともつかない異界が重なり合う。冒険譚、恋愛譚、怪異譚・・・幾多の物語が交錯しながら、鏡花文学ならではの幻想的な人間模様が浮かび上がる(チラシより)。

明治32年(1899年)、鏡花が読売新聞に連載した長編小説で、これが初めての舞台化の由。

客席が暗くなる前に、舞台に一人また一人と黒い布に包まれたものを引きずった人が登場し、その包みを床に置く。中はどうも人間のようだ。布にはそれぞれ花が一本ずつ刺してある。花売り娘が登場し、嬉しそうにその花を摘むと、何と人間の手がその花をつかんでいて、その手が伸びて空中でひらひらと動く。不気味ったらありゃしない。滝太郎が黒と赤のどぎつい衣装で通りかかる。

書生・島野が本を抱え、黒百合についての箇所を読み、有美子と雪に説明する。

県知事邸の令嬢の部屋に滝太郎が来て、有美子にハンカチに包んだものを見せる。湿った土にモウセンゴケが生えているという。勇美子は熱心に見つめる。

盲目の拓(ひらく)は村の子たちに意地悪をされて転ぶ。雪が来て助ける。

滝太郎は、子供の頃知り合いだった女盗賊・お兼と再会する。当時、彼は女たちに「金魚」とあだ名されていたという。美しいが食えない、の意 (笑)。

滝太郎は死んだ母親のことを思い出す。

島野の友人・雀部(ささべ)があちこちの家に白墨で〇をつけている。人目をしのんで逢引きする男女のいるところに印をつけておいて、後でその現場に踏み込んで脅かして楽しもうという下劣な奴だ。

夜、お雪と拓が家にいると島野がやって来て、お嬢様がお呼びだと言う。夜に呼ばれたことなどないのでお雪は抵抗するが、男は強引に連れ出す。もちろん彼の言うことは噓で、お雪をどこかに連れ込んで手籠めにしようというのだ。途中、雀部も来て島野とグルになり、危うしお雪!と、その時、滝太郎が現れ、彼女を助ける。この男たちは権威に弱く、子爵・千破矢家の当主にはかなわないのだった。

お雪が黒百合を取りにゆく、と言うと、滝太郎は、バカだと笑い、名を聞かれても答えずに去る。

滝太郎はお兼を秘密の場所に案内し、これまで盗んだ様々な品を自慢するが、彼女に諭され、つまらぬ盗みは一切やめて、誰も取ったことがないという黒百合を採りに行く決心をする。

一方、お兼は橋の上で、一人の老人と再会。老人は3年間「若様」を探したが、まだ見つからない、今、仲間たちが続々と集まっていると言う。

お雪は勇美子に、黒百合を採りに行くのは勘弁してください、と願うが、勇美子は彼女に「ご覧なさい」とモウセンゴケを見せる。お雪はそれをじっと見るうちに、「あっ!」と声を上げ、しまいに「いかなくては!黒百合を採りに!」と言う。暗転

<休憩>

お雪の背後に大勢の人が立って、手を上に伸ばしている。蛍がたくさん飛び交う。白い花束のようなものを持った人々?が現れる。

拓の家に、先ほどの老人・慶造(外山誠二)が来る。「若旦那」「慶造か!」拓の父親は、この春出獄したという。慶造は、拓とお雪のことを聞き知っており、拓に、仲間と共に再起することを熱心に促すので、拓もついに決意する。ただ、これだけでは、再起と言われても我々観客には、どういうことなのかよくわからない。

黒百合が咲くと言われる山の登り口に2軒の茶屋があり、それぞれの娘が客を呼び込もうと張り合っている。そこに、島野、勇美子、小間使いがやって来る。今日、黒百合を採りに、お雪らしい女性が、その後に雀部らしい男も、それから滝太郎も登って行った、と茶屋の娘から聞いて、みな騒ぎ出す。その時、雀部が血だらけになって降りて来る。見ると、片方の耳が切られてなくなっている。.

岩山にお雪が登っていくと、雀部が現れ、鎌で脅して手籠めにしようとした。と、そこに滝太郎が現れ、雀部の顔を切りつけて倒したのだった・・・。

山中で、お雪と滝太郎がいると、拓がなぜか近くにいて、しかも急に目が見えるようになっていて、二人の会話を見聞きしている。滝太郎は懐から採って来た黒百合を出してお雪に渡し、屋敷に帰って一緒に暮らそう、と言う。それを聞いた拓は「あれは子爵の・・あの人と私とでは・・雪があの人を選ぶのも無理はない」と落ち込む。だが、お雪はきっぱりと「いえ、私は行きません」「うちには・・という人がいるのです。こうして花を採りに来たのもその人のためなのです」と答える。

こうしてお雪は無事に拓のいる家に帰るが、その後、大洪水が起こる。滝太郎はお雪と拓を助けようとするが・・・。

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あまりに面白かったので、原作を図書館から借りて来て一読(中央公論社の「日本の文学」所収)。それでようやく腑に落ちたことも多い。三島由紀夫が絶賛しているのも無理はない。「夜叉が池」と「天守物語」は知っていたが、それほど有名でない作品の中に、こんな宝が潜んでいたとは!

ただ、原作を読んでみると、今回の演出(と、恐らく脚本も)には疑問が多い。冒頭のシーンも、まったく余計で退屈なだけだし。後半、山上で滝太郎とお雪が語り合う最も印象的な場面は、実は拓の見た夢だったのに、それを、なぜか急に拓の目が見えるようになって、そばで二人を見ている、という風に処理したり、お雪が勇美子に「拓さんとどうやって出会ったのか覚えていないんです」とか言うのも奇妙だし(原作には二人の関係がはっきり書いてある)、お雪が山に行くのを断ると、勇美子が彼女にモウセンゴケを見せ、その結果、お雪は花を採りに行く決心をするというのも気持ち悪くて理解不能。

役者陣は皆さん好演。お兼役の村岡希美が実にうまい。まず声がよく通り、演技もセリフ回しも素晴らしい。お兼はこの戯曲の要とも言うべき存在。彼女が滝太郎を諭したことで、彼の心と生き方が大きく変わるのだから。滝太郎の属する世界と拓の属する世界との両方に属し、両者をつなぐキーパーソンだ。

それからもちろん主役・滝太郎を演じた木村達成。この人は2023年6月に見た「新ハムレット」の時から注目していた。今回も期待通りの好演。

今回、原作を読んで、子供の頃夢中で読んだ「三銃士」、高校の時の「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」「大地」に匹敵するほどのめり込んだ。こんなに長い小説を、しかも古いので読みにくいのに短時間で読み終えたのは何年ぶりだろう。鏡花の沼にはまりそう・・。

イプセン作「社会の柱」

2月12日 新国立劇場小劇場で、イプセン作「社会の柱」を見た(演出:宮田慶子、新国立劇場演劇研修所修了公演)。

今回の観劇は、言わばアクシデント。2020年2月に同じ翻訳、同じ演出、同じ会場で、すでに観ていたのに、何となく来てしまった。でも演じる人たちが違うからいいか。それに、前回はかなり後方の座席だったが、今回は前から2列目だし。

1877年デンマークでの初演ののち各国で成功を収めた、イプセンの初期の戯曲。

ノルウェーの小さな港町。有力な実業家で領事のカルステン・ベルニックは、妻ベッティ、13歳になる息子オーラフとともに品行方正な生活を送り、「社会の柱」として人々から尊敬を集めていた。新たに、町の商人たちと鉄道敷設事業計画を進めているさなか、ベッティの弟ヨーハンとその異父姉のローナが帰国する。2人は15年前のある事件で町を去り、アメリカに渡っていた。若き日の過ちが再びカルステンの前に立ちはだかり、歯車は段々と狂いだす。カルステンの過去の過ちとは・・・。そして鉄道事業に隠された秘密とは・・・(チラシより)。

古い因習に支配された町。15年前のゴシップを嬉しそうにひそひそ話す奥方連。

当時、町に旅芸人がやって来て、その美しい妻に男たちは夢中になった。カルステンもその一人で、その女に手を出したが、それが明るみに出そうになると、ヨーハンという若い男に罪を着せた。町にいられなくなったヨーハンは、異父姉ローナと共に米国に渡った。旅芸人は出て行き、妻はその後死んだ。残された幼い娘ディーナをカルステンは引き取り、町の人々に賞賛される。カルステンはヨーハンの姉ベッティと結婚。ディーナはカルステンの家で、肩身の狭い思いをしながら育ったのだった。

教師レールルンはいきなりディーナにプロポーズ。この家を出たいディーナもそれに応えるが・・。

今回、ミソジニー(女性蔑視)を強く感じた。領事は女たちに政治のことがわかるわけがない、という高飛車な態度を露骨に表すし、女たちもそれを当然と受け止めている。

造船業者のアウネは新しい機械を使いたがらないが、船の修理の期限は明日。できなければ首だとカルステンに言われる。

サーカスが来たというだけで恐れおののく人々(だが子供と若い人は興味津々)。その中にアメリカ人がいて、それがローナとヨーハンだとわかると、皆の興奮と驚愕は最高潮に達する。

領事は妻に対してひどく冷たい。15年前の事件の真相を知らない妻は「なんて寛大なの」「なんてお詫びしていいか」と言うが、それに対してもちゃんと答えず、「もうその話はやめてくれ」「その話を蒸し返さないでくれ」と言うばかり。

ディーナはヨーハンと散歩しながら話をし、彼と共にアメリカに行く決心をする。ヨーハンがそのことを皆に発表すると、当然ながら皆驚く。特に教師はいきり立ち、ディーナに向かって、ヨーハンがどんな悪い奴か話し始める。彼があなたのご両親にどんなことをしたか・・そして彼は、その場にいる皆に向かって「彼女は私の婚約者です!」と宣言。これまた皆驚く。ディーナはそれを否定できず困惑。ヨーハンも驚くが、彼の非難に反論したくても、15年前のことを誰にも言わないと領事と約束したので自分からは言えず、「カルステン」と呼びかける。彼の口から真実を明かして欲しいのだ。カルステンはぐっと詰まる。そこに鉄道の関係者が急ぎの用で呼びに来るので、ローナとヨーハンが見つめる中を、カルステンは(助かったとばかりに)足早に立ち去る。

<休憩>

息子オーラフを鞭打つカルステンの声が聞こえる。

ベルニック商会の支配人クラップが、カルステンに報告する。アウネが徹夜でアメリカンガール号を修理したようだが、密かによく見ると、穴におが屑を詰めたり、古い木材を貼ったりして、見た目にはきれいだが、あれではすぐに沈むだろう、と。

鉄道を海沿いでなく内陸に引くことにしたが、その土地を他の県の人間が、さる弁護士を使って買い占めているという噂が町中に広がっているという。

カルステンの妹マルタは以前からヨーハンを愛していて、彼が帰って来るのをずっと待っていたという!だが当のヨーハンには寝耳に水で、それを聞いても驚くだけだった。

過去の経緯が少しずつ明らかにされる。カルステンはかつてローナと恋仲だった!にもかかわらず、彼は芸人の妻と浮気し、それが明るみに出そうになると・・・そして当時ベッティが自分を愛していると知っていたこともあり、お金のためにベッティと結婚したのだった。

カルステンが教師に悩みを相談しようとすると、教師は喜ぶ。カルステンは尋ねる。「多くの人を救うために一人が犠牲にならねばならないとしたら?」「導火線に誰かが火をつけないといけないとしたら?」だが事情を知らない教師は「あなたは倫理観が強すぎる」と答えるのみ。

ヨーハンは、カルステンが出した2通の手紙をカルステンに見せる。これからアメリカに帰るが、またすぐ戻って来る。その時はすべてをみんなに話す、と彼は言う。カルステンは「そうなると私は破滅だ」と言うが、ヨーハンは「僕の幸せがかかってるんだ!」と答える。ヨーハンはアメリカンガール号で帰ると言う。カルステンはヨーハンを止めようとするが、彼は決心を変えない。

アウネが来る。見るからに後ろめたそうな様子。「明日、出航しなければ私は首ですか」それを確認すると出てゆく。入れ違いに入って来た支配人は、「どうです、あの後ろめたそうな様子・・」とカルステンに言うが、カルステンが(船が沈むと分かっていながら)明日出航させると言うので、驚いて何度も念を押す。

ヨーハンが戻って来る。もう一度あの子に会ってから、と。するとディーナが荷物を持ってやって来て言う。「教師のことを愛したことは一度もありません。昨日のあの人の態度、私のことを高慢に見下げて、救ってやろうと・・・あの人と結婚するくらいならフィヨルドに飛び込んで死んだ方がましです!」(笑)。「今日女性たちから手紙が来たの。みんな教師のことを褒めて、私に、感謝すべきだと言うんです・・」これを聞いて心配になったヨーハンが「君が僕と行きたいというのは本当にそれだけ(が理由)なの?」と尋ねると、ディーナは笑って「あなたは一番大切な人です」とか答える。

これまで育ててくれたマルタに、ディーナは別れを告げる。これが長い。ディーナはマルタに「これで会えないなんて・・いつか(米国に)来て」と言うが、マルタは「いいえ、行かないわ。ヨーハンを幸せにしてあげてね」と言うのだった。

この間、ヨーハンとローナが上手奥で話している。ヨーハンは例の手紙をローナに渡す。

ヨーハンとディーナが去ると、マルタがローナに言う。ずっとヨーハンを愛していた、と。「私は人生を彼に捧げたの」。ローナは驚くが、そんなマルタに対してやさしく言う。「私たち、二人共、置いてきぼりにされたのね」

ディーナがヨーハンと米国に発ったとローナが発表すると、皆ショックを受ける。「何てこと!」と。愕然とした教師は「あれはそんな女だったのか。私にはふさわしくない」とか言う。

アメリカンガール号が出航したという知らせが届く。

ディーナもヨーハンと共にアメリカンガール号で行くと聞いて、カルステンは驚き、あわてて支配人に出航を止めろ、と言うが、もう出てしまいました、と言われる。

さらに、ベッティのいとこヒルマールがオーラフからの手紙を持ってオロオロと入って来る。問い詰めると、オーラフがアメリカンガール号に乗るという別れの手紙だった。カルステンは愕然とする。

女たちが豪華な花を生けた花瓶を二つ飾り、カーテンを閉じる。仲間二人が来てカルステンに、これから君を称えるセレモニーを計画している、もちろんスピーチもしてくれ、と言うが、カルステンは、今はそんな気分じゃない、具合が悪いんだ、と答える。

人々が集まり、カーテンが開けられると、大きな幟がいくつも掲げられ、ノルウェー語でいろいろ書かれている。教師がお祝いのスピーチを長々とやる。そしてカルステンと二人の仲間に、それぞれ市民たちからのプレゼント(銀のコーヒーセットなど)を渡す。カルステンは終始気分が悪そうで、ふらふらしている。

その時、知らせが来る。アウネがアメリカンガール号の出航を止めたという。カルステンは床にくずおれる。・・・

カルステンのスピーチが始まる。まずヨーハンがディーナと出て行ったこと、次に「ヨーハンは実に立派な人間です。彼は人の罪を代わりに負ってくれたのです。15年前起こったこと、あれは私なのです・・・」ショックを受けた人々は去ってゆく。

カルステンは妻に向かって「すまない」と詫びる。妻は「こんな嬉しいことを聞くのは何年ぶりかしら。あなたは私を愛したことがなかったことが今わかったわ。でもこれからあなたの愛を勝ち得てみせるわ」とか言うと、カルステン「もう勝ち得ているよ」と言って彼女を抱き締める。二人はローナに「ここにいてくれるだろ?」ローナ「ええ、これから結婚生活を始める二人を見守っていたいからね」

息子オーラフがおずおずと入って来るが、厳しかった父は喜んで彼に言う。「何でも自分の好きなことをしていいんだよ」「本当?」「うん、何でも好きなものになるといい」「うーん、社会の柱にはなりたくないなあ」「だってつまんなそうだもん」(笑)。

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長々と書いてしまってすみません。この戯曲、本当に名作だと思うんです。

カルステンが改心し、生まれ変わるためには、ディーナとオーラフが死ぬかも知れないという極限状況に陥ることが必要だった。特に息子の命が失われたならば、これまで自分がやってきたこと、努力して積み上げてきたことのすべてが無意味になってしまうという絶望的な気持ちに追い込まれたことだろう。

「冬物語」のレオンティーズを思い出した。彼は邪推から、妻である王妃を処刑しようとし、廷臣たちが止めるのも聞かず暴走するが、愛する息子であり唯一の後継者である王子マミリアスの死を知らされて、初めて悪夢から覚めたように、己の非を悟ったのだった。

カルステンは絶望の淵にいた時、息子の命が助かったことを知った。その時初めて彼は、この世で大事なものは何か、何が一番大切にすべきことなのかが分かったのだろう。人望でもない、出世でもない、蓄財でもない、そんなものはもはや価値を失った。人々に後ろ指を指されることさえ、もう彼は恐れなかった。そして、ようやく過去の悪事を皆の前で告白できたのだった。ここから彼の、そして彼と妻との新しい生活が始まる。

役者では、カルステン役の崎山新大が特に印象に残った。

ベッティ役の向井里穂子も好演。

「100歳の少年と12通の手紙」

2月10日 俳優座スタジオで、エマニュエル・シュミット作「100歳の少年と12通の手紙」を見た(演出:落合真奈美)。

 

重い病に侵された10歳の少年オスカー。

あらゆる手段を講じたが、余命いくばくもない。

オスカーはそのことを知っているが、誰も彼に真実を伝えないことに怒っている。

唯一話せるのは、ボランティアのマダム・ローズだけ。

彼女から神さまに手紙を書くことを提案される。

それは1日を10年と数えて書く特別な手紙だった(チラシより)。

舞台の作りは前日の「ベイビーティース」と同じ。舞台奥の高いところの中央に小ぶりのクリスマスツリー。その右の棚の上に小さなキリスト磔刑の十字架と日めくりカレンダー。側面にリース。

舞台中央に長い簡素なテーブル。

10歳のオスカー(田村理子)は骨髄移植を受けたが、うまくいかなかった。担当医デュッセルドルフ先生は、彼の顔を見るたびにすまなさそうな顔をするが、「ボクは死ぬの?」とたずねても何も答えてくれない。入院している子供たちは、彼のことを「つるっぱげ」と呼ぶ。彼を腫れ物扱いしないのは、ボランティアの「ローズさん」(山本順子)だけだった。彼が年齢を聞くと「秘密」と言う。実はローズさんはサバを読んでいて、ここのボランティアの年齢制限に引っかかるらしい。彼が悩みを打ち明けると、彼女は若い頃、女子プロレスラーだった、とびっくりするようなことを言い出す。そして、かつての試合のことを思い出して懐かしそうに話し、そこから今の彼に必要な教訓というか、生きにくさの中での対処法を話して聞かせる。その思い出話というのが、いちいち面白い。

全身脂っこくてぬるぬるしててつかみ所がない対戦相手には、小麦粉をぶちまけて、つかみ易くしてやっつけた、とか。三つ子たちを相手にした時は、いくら戦っても疲れない相手が、なぜか休憩のたびにトイレに駆け込むので見に行ったら、何と相手は三つ子の一人で、休憩のたびにトイレでそっくりのきょうだいと入れ替わっていたとわかった、そこで、トイレに二人を閉じ込めて鍵をかけ、その鍵を窓から投げ捨て、残った一人を散々打ちのめした、とか。(このエピソードの時は、実際に真っ赤なコスチュームに身を包んだ3人組が現れて、その場面を再現して見せるのが楽しい。)そんな話を聞いて、オスカーは、どんなことにも対処の仕方があるんだ、と少しずつ感じるようになったようだ。

ローズさんがオスカーに「誰が好き?」と尋ねると、(同じ入院仲間の)ペギー・ブルーという女の子が好きだと答える。「それを直接その子に言うんだよ」と言われて、思い切って言おうとするが、ポップコーンというあだ名のでかい男の子が立ちはだかる・・。

オスカーの両親は毎週日曜に面会に来るが、ある土曜日、なぜか父の車があった。彼らと医者とが話している部屋をオスカーがこっそり覗くと、医者は「手は尽くしたんです」と言い、父は「わかってます!」と答える。二人共、この同じ言葉を繰り返している。医者が「お会いになりますか」と尋ねると、母は泣いて「こんな姿を見られたくありません」と答えて、両親は帰って行った。オスカーは「意気地なし!二人共、意気地なしでバカだ!」と憤慨する。

ローズさんは週一日しか来ない人だが、オスカーがしきりに頼むので、病院側に掛け合って、毎日来ることになる。ただし12日間だけ。それを聞いたオスカーが「ボク、そんなに悪いの?」と聞く(何とも可哀想で、胸が痛い)。ローズさんはそれには答えず、提案する。一日を一年と数えて、毎日神さまに手紙を書いたらどうか、と。神さまなんているの?と聞くと、うーん、わからないけど、手紙を書いてお祈りしてたら、いると思えるようになるんじゃないかな、と答えるのだった。

ペギー(安藤春菜)は色白で透明感のあるおとなしい少女。オスカーはペギーに、親にもらったC D プレイヤーとC D を渡し、この曲を聴くと君を思い出すんだ、と言う。二人は次第に親しくなる。彼女が夜、幽霊が出る、と言っておびえているので、オスカーは「僕が君を守る」と言う。

彼女はオスカーに「キスして」と言う(!)。

彼はその日の手紙に「今日は思春期でした!」と書き始める。「女の子って本当にキスが好きなんだな」

また別の日、彼女の部屋に一緒にいると、彼女は彼に「一緒に寝る?」と聞く(!)「女の子ってすごい。ボクだったらあんなこと、何日も何日も考えてやっと言えるかってのに・・」

ローズさんが尋ねる。「どうだった?」「結婚したよ」「結婚した二人がすることは全部した」(!?)と大口を叩く。「ただ一つを除いて」「舌を口に入れること。そんなことしたら妊娠するってペギーが心配するから」(笑)。

それから別の女の子がオスカーに無理矢理キスし、それを知ったペギーが怒ったり・・と、人生で起こる様々な出来事を、オスカーは短期間のうちに経験する。

その後、ペギーは手術が成功して退院することになる。

クリスマスの日、オスカーは病院を脱出する!向かった先はローズさんの家。彼女は彼を見て驚き、やさしく説得して一緒に彼の実家に向かう。実家では、病院から息子がいなくなったと連絡を受けた両親がうろたえていた。彼らは息子を見て駆け寄り、しっかりと抱き締める。この日、オスカーは両親とようやく和解できた。

病院側の予測通り、12日後に彼は天に召された・・。

ローズさんは述懐する。実は彼女が女子プロレスラーだったというのは作り話だった。オスカーを助けて励ますために毎回逸話を考え出していたのだった。

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繊細で賢い少年は、病気のために神経過敏になっており、大人全般に対して不信感を抱いている。そんな彼にとって、ボランティアのローズさんだけが信頼できる相手だった。彼女は少年の心に寄り添い、少し変わった方法で、彼の最後の日々を充実させることができた。あまりにも短い人生ではあったが、彼は精一杯生き、満足していたと思う。それにしても彼女の想像力、臨機応変な創作力は、大したものだ。オスカーとペギーの幼い恋もほほえましい。

 

 

 

 

「ベイビーティース」

2月9日 俳優座スタジオで、リタ・カルニェイ作「ベイビーティース」を見た(演出:菅田華絵)。

病を抱える女子学生のミラ。

自分を病人扱いしない不良青年モーゼスに、ミラは好意を抱く。

しかし、母アナはモーゼスを拒絶する。

父ヘンリーになだめられ、母はモーゼスを受け入れざるを得ない。

両親はなにがミラのためなのか、苦悶し続ける。

ミラにとって、モーゼスと過ごす日々は、輝いていた(チラシより)。

舞台は三方を客席が囲む。中央に簡単なテーブルとイス4脚。奥が高くなっていて、下手にピアノ。中央に階段3段。左右に出入口(カーテン)。奥に窓。

ある朝、まだパンツ姿のヘンリー(脇田康弘)がコーンフレークを用意して食べる。妻アナ(小澤英恵)がパンケーキを焼こうとするが、いらないと言う。アナは何だか落ち着かず、娘の部屋の物音を気にしている。「あの子たち、セックスしてるのかしら」夫「うん」モーゼス(藤田一真)が部屋の入り口まで来て立ち止まる。アナが「夕べ、ミラは起きた?」と尋ねる。なぜか張りつめた空気。一体この人たちはどうなっているのか??

アナが思い切って娘の部屋に行き、戻って来る。震えながら「まだ温かい」(!)と言うのでヘンリーがあわてて見に行く。アナはモーゼスに「どうしてすぐ教えてくれなかったの?!」「救命措置ができたかも知れないのに」「お別れの言葉も言えなかった」と責める。モーゼス「起きたらもう死んでた」

次の場面。ヘンリーは精神科医で、午後は診察があるが、その前にアナに誘惑されて、途中までやりかけるが、電話がかかってきて中断される。

また次の場面。駅のホームでミラとモーゼスが出会う。ミラ(高宮千尋)は14歳。長い髪をポニーテールにし、バイオリンのケースを抱えている。モーゼスは25歳。ミラが鼻血を出すと、彼が慣れた手つきで彼女を横たえ、上着を脱いで鼻血を拭いてくれる。お礼をしようとすると、お金が欲しい、と言う。少女はバイオリンケースを開けて、中から封筒を出し、「50ドルあげる」と言うので、男は驚くが、結局もらう。

その日、アナは娘と美容院に行く約束をしていたが、ミラはモーゼスを家に連れて来る。しかもモーゼスに髪を切ってもらったそうで、ショートヘアになっているので両親は驚く。25歳と聞いて、ヘンリーは彼にビールを出そうとするが、モーゼスがタバコを吸おうとするので、アナは「出て行ってちょうだい!誰かがいわなくちゃ」と言って彼を追い出す。

ミラのバイオリンの先生ギドン(河内浩)が、アナに、「弓を返して」と言う。何でも、ミラが先生の弓を持って帰ったらしい。「今度返します」とアナ。

ヘンリーは、近所に住むトビー(稀乃)という女性と知り合う。23歳で、おなかが大きい。彼女は「ヘンリー!」と連呼していたが、飼っている犬の名前だった。部屋の電球が切れてると言うので、ヘンリーが直してあげる。

家でミラはバイオリンを弾こうとするが、腕が上がらない。先生から電話が来る。レッスンを休むことになる。母が「ミラは行きたがってるんですけど」と言うと、娘は「行きたくない!」と叫び、母は「行きたいでしょ!」と怒鳴る。

ある晩、モーゼスが台所の窓を割って中に侵入し、冷蔵庫や戸棚を開けて物色し、いろいろ盗む。アナが彼に気がつくと、彼はナイフを出して脅す。ヘンリーとミラも出て来る。ヘンリーが警察に電話しようとするが、ミラは目を輝かせて喜び、「もう会えないかと思った!」と言ってモーゼスに抱きつく。両親は驚き、モーゼス自身も戸惑う。

<休憩>

朝、アナはシャワーを浴びた後で、バスローブ姿。浴室のお湯の出が悪いので夫に見てくれと言う。出勤前の夫は時間がないが、仕方なく妻の要求に応えてやる。

ある日、ヘンリーはトビーとミラを車に乗せてどこかに行ったらしい。彼の「安全運転」を二人はからかう。ノロノロ運転で二人とも疲れている。記念写真を撮る。

ギドンがアナに電話し、いつでもいいから来て、と言う。アナが彼の弓を返しに行くと、彼は喜んでコーヒーとソーセージを振舞う。彼の生徒がバイオリンを弾いている。「ミラはバイオリンを弾いてますか」「いえ」「この子(ベトナム人の子・トゥオン)、とてもうまいけど、バイオリンありません。私のを弾いてます。でも私もバイオリン必要です」彼はミラのバイオリンが欲しいのだ。「バイオリンは弾かれるのを待っています」だがアナは怒って立ち去る。

ミラの病状は少しずつ進行しているらしい。頭にすっぽり帽子をかぶるようになる。

ある日、皆が家にいると、トビーが来て「破水した。痛い」と言うので皆あわてて彼女を車で病院に連れて行く。

ミラとモーゼスは、舞台奥の床を手前に広げ、そこに布団を2枚敷く。二人はそこに寝る。ミラが起き上がり、彼に言う。「私の言う通りにして欲しい」と枕を持って「これを私の顔の上に乗せて押さえつけてほしい。私が暴れたりしてもやめないで続けてほしい。もう痛みに耐えられない」モーゼスは黙って言う通りにするが、彼女の暴れる力に負けて、手を離してしまう。ミラは仕方なく笑って彼を抱きしめる。と、その時、最後の乳歯が外れたことに気がつく。彼女はまだ、そんなにも幼い年なのだった・・。

ラスト、冒頭の場面の途中から再現される。母が娘の部屋に行くと・・・。

ギドンの家にアナがバイオリンを持ってゆくと、彼はそれを受け取り、ベトナム人の子に渡す。アナはピアノの前に座り、何か弾き出す。と、モーゼスがやって来て、一緒に弾き出し、ベトナム人の子も来てバイオリンでメロディーを弾く。と、ミラが白い衣を着て現れ、舞台をぐるっと踊りながら回って去る。

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この家族は3人とも薬漬け。ヘンリーは医者だからか、何かというと家族に薬を飲ませ、自分も飲む。アナはバイオリンに関してヒステリックな教育ママ。

両親は、娘と男がやってるんじゃないか、と心配し、父は男に避妊具まで渡そうとするが、それどころじゃなかった。その時、娘はすでに死んでいたし、痛みに耐えかねて自殺願望があり、男に「殺して」と頼んでいたのだった。両親は、あまりにもとんちんかん。そもそも25歳の男を、娘が望むからといって、まだ14歳の娘と同じ部屋に泊めるというのが理解できない。

トビーという女性が登場するが、それは、話が単調過ぎるのを避けるために入れただけだと思う。特に意味なし。

ギドンという東欧出身の教師や、その生徒のベトナム人の少女・トゥオンなど、国際色豊か。トゥオン役の長島安里紗のバイオリンがうまい。ちょっと名前を覚えておこうと思った。

久し振りに俳優座の前を通ったら吉本になってた!六本木駅前という好立地ゆえ、てっきり更地になって高層ビルでも建つのかと思ってたら。東京グローブ座もジャニーズが買ったし、懐かしい劇場がどんどん変わってゆく・・・。